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式次第

開会の言葉
集合写真撮影
乾杯
タイムカプセルを開けましょう
挨拶
閉会の言葉

2000年11月4日土曜日
ワカヤマ第二富士ホテル


幹事から一言

「人と人が、出逢った瞬間から別れがやってきます。
それを何度も何度も繰り返しながら、人は成長していくのですね。
“同窓会”は自分の足跡を見に行く場であり、出発点でもある。
こんなにすばらしい、集いはないと思いませんか?再会出来る喜びを、皆さん有り難うございます。」
加藤@藤井 悦子

「当時のホットパンツ姿で授業をする藤田先生は、永遠に不滅です。」
青戸 慎司

「皆さんお久しぶりです。よく言われる言葉ですが、あれから20年も経ったなんて信じられません。
でも新入社員の年齢が20歳とか21歳なんて聞くと『俺もオヤジになったもんだな。』なんて、月日が流れたことを感じます。
20年前・・・。あの頃は『ツッパリ』とか『なめ猫』が流行ってましたね。
当時は何かと大人に反抗しようとして藤田先生・佐竹先生(副担任)に迷惑をかけてしまったな〜。なんて思います。
私は今ごろの季節だったかな(?)クラス対抗のサッカー大会が印象に残ってます。
当時はJリーグもなく、戦術以前にルールさえあまり知らなったけど、準決勝くらいまで勝ち進んで行ったと思います。
準決勝は12組で最初の挨拶のときに『コリャ勝てるな。』って思っていたのが0−1で敗れてしまって
すごく悔しかったことを今でも覚えています。
負けず嫌いなのは、その時の影響なのか......子供の運動会なんかでも、一位にならないと気に入らない性分です。
皆さんも様々に道に進んでがんばっていると思います。今日の同窓会は20年前に戻ってつもりで楽しく語りましょう!」
浦本 朋視


「中学生活3年間の中で、何故か思い出に残るクラス・・・それが、1年1組です。
みんなが特別仲良しだったって訳ではないけれど、先生がクラスを一まとめにしようと、努力してた・・・そう・・・
あの頃はそれに気付かなかったけれど・・・歌もいっぱい歌った、クラス会議みたいなのもあった、
一番難しい年頃に凄く良い経験をさせてもらったと、思っています。
みんなの長所や短所も書いたな・・・
他のクラスじゃ経験出来なかった。
私の大好きな花に例えて言うなら、大きく力強く真中に咲いているひまわりが藤田先生
その周りを囲むように咲いている少し小さ目のひまわりが、私達。
1年1組・・・それは、まるで、ひまわり畑のように、いつも元気に輝いてた。
2000年という記念すべき年に、同窓会を開催できることを、心よりうれしく思います。
今日という日が、みなさんにとって、心に残るすばらしい一日になりますように。」
石本 祐理

「同窓会をしようと思ったのは、1999年の夏。
青戸と私で運営しているホームページに浦本ちゃんが「来年は、クラスの同窓会をするはずだったよな云々」
と書き込んだ事がきっかけ。
そういえば、あのとき(1981年3月)に、「20年後に同窓会をしよう、タイムカプセルを作って、その時開けよう。」
と言ってたような記憶がありました。そうなんですよね。
あれからもう20年経ってしまいまして、もう32歳(33歳)。
当時は、ノストラダムスの大予言だとかで2000年はやってこないのではないかという噂もありましたし、
自分がこういう年齢になるなんて、思っても見ませんでした。
さて、このクラスは、私にとっていままで経験したクラスのなかで最も印象深いものです。
それぞれ異なる小学校を卒業して、集まってきて、違う生活が始まって、期待もあって、ちょっととまどいもあって、
と言う時に、このクラスでした
B藤田先生のエネルギッシュでパワフルな姿勢にも影響を受け、魅力的なクラスのメンバーが、
個性を発揮したクラスだったのではないかと思います。
当然ながら、当時そんなことを考えて、学校に行ってたわけではないのですが。
あれからそれぞれ別々のいろんな人生を生きてきたことでしょうけど、一年とは言え同じ時空を過ごした我々には、
何か共通したものがあるんではないでしょうか。
偉そうなことを書きましたが、まぁ、今日はみんなで昔話に花を咲かせましょう。」
谷河 賞彦